稚内サンホテル、倒産

*この記事は、しばらく経ったら下書きに戻します。




朝、稚内サンホテルさんが、倒産したことを知る。

ショックだ・・・
私は、礼文島に住んでいる時に、ときどき宿泊していた。
他のホテルにも泊まったことがあるが、稚内サンホテルにもよく泊まった。

何よりも腰痛を悪化させてから、病気療養と闘いながら泊まったホテルなので、私の中では、思入れの多いホテルになっている。

2014年に腰痛を悪化してからというもの、私は、腰を曲げて歩くことしかできなくて、よたよた歩いていて、頻繁に立ち止まって休まないと歩き続けられなかった。

その頃は、札幌の心療内科に通っていて、札幌への通院は、本数の多い都市間バスを利用していた。

夜に稚内駅で都市間バスを降り、よたよたと駅に併設されているセコマに寄り、軽い夜ご飯を買う。
そこから何とかがんばって、よたよたと稚内サンホテルまで歩き、チェックインする。

バスの停留場である稚内駅からとても近いホテルだった。
かつ体調悪く、長期間の予定が立てづらい私でも、直前でネットでポチッと予約しやすいホテルだった。

稚内サンホテルは、「フェリーターミナルに一番近いホテルです」と唄っていた。
その通りで、その頃には大きな宿泊荷物を持って歩くことは断念していたものの、タクシーに乗って基本料金でホテルまで移動していた。

だんなが出演するステージを観に文化センターへはがんばって歩いて行ったが、文化センターへも歩いている場所にあるホテルだった。

さまざまな魅力あるホテルは他に稚内にあるが、私にとっては何より利便性の高いホテル。

私の腰痛と、フェリーに乗って疲労困ぱいしながら稚内に上陸した礼文島生活の思い出の中に、稚内サンホテルが何回も登場する。


施設の方は、経年劣化があって厳しいものを感じたが、スタッフの方々には暖かなものを感じた。

そして、稚内サンホテルには、強い稚内愛、宗谷愛を感じられた。

ウェザーニュースというサービスで長い間使われていた稚内のライブ映像は、稚内サンホテルに設置されていたものだった。
他にもいろいろあるが、動揺で、記事が長くなってきたので、今日は書かない。


そして、何より、稚内市民にとっても思い出深いホテルだったのではないか。
稚内サンホテルで結婚式を挙げたという、人生の大きな思い出をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。
私は、仕事や役職などでご縁がありませんでしたが、会議などでもよく使われたホテルのようです。


昭和49年創業の稚内サンホテル倒産 負債総額5億3000万円

 大友漁業部から業種転換し昭和49年に創業したサンホテルは昭和62年、稚内空港がジェット化されるのに合わせて客室を53室から82室へ増設工事するなどをし、稚内で一番の客室数を誇り稚内観光の中心的な役割を果たしてきた。過去には現天皇陛下や皇太子がご宿泊されるなどした。
 利尻、礼文観光の盛り上がりで団体客を中心に稚内観光で90万人訪れていた平成4年2月期のピーク時には7億2293万円の売上高を計上していたものの、駅周辺に大手ホテルが進出したことを受け競合が激化し今年2月期の売上高は1億8000万円まで後退。



稚内の歴史と共に歩んできたようなホテルだったのですね。

地元資本(という言葉を使って良いのでしょうか)のホテル、そして、稚内への愛情を強く感じられたホテル、私自身も思入れのあったホテルがなくなるのは、本当に悲しくてたまりません。





破産申立をしたというお知らせにあった日付の、前日のツイート。





毎年のように開催されていたはずのコンサート。
これは早くから予定が入っていると思われ、今までご縁があった大事なコンサートを終えてから、という思いがあったのか。




































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