迷った時 

2011, 02. 19 (Sat) 18:00

医者になりたいのに、血が恐い。】 (精神科医ゆうきゆうの人生岐路岐路クリニック

あなたは医者になりたい。
その際にいろいろと迷うこともあるはずです。

しかしそんなときに、減点法で判断するのは、やめた方がいいでしょう。
これから先、「勉強ができないから…」「体力がないから…」というような、小さなマイナスの理由ごとに、道を変えなければいけなくなります。

とにかく何かで迷ったときの一番の判断基準は、「最高のプラス」だけを考えることです。



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愚痴とは、「言ってもしかたがないこと」、という意味らしい 

2011, 02. 03 (Thu) 18:00

彼氏に愚痴ってしまうんです。】 (精神科医ゆうきゆうの人生岐路岐路クリニック

相談内容です。

彼氏に愚痴ってしまうんです。

この春から社会に出て働きはじめ、まだ研修中なので、職場では定期的に配属が変わります。だから、配属が変わるたびに人間関係を作り直さなければならず、精神的につらいためついつい彼氏に愚痴をこぼしてしまいます。
その度に、嫌な顔をされて険悪な空気になってしまうんです。

(中略)

彼氏との関係のためには、愚痴っぽいことには触れない方がいいのでしょうか。
また、うまく愚痴っぽい話を愚痴っぽくせずに会話して、私自身のストレスを発散させる事ってできないのでしょうか?



さて、精神科医ゆうきゆう先生による回答です。

三省堂の大辞林では、愚痴とは、「言ってもしかたがないことを言って嘆くこと」と定義されています。



「言ってもしかたがないこと」という意味が付いていたのですね。
今、初めて知りました


でも、男性にはうまくそれができません。
実は男性と女性では、会話についての思考が違います。
女性には「コミュニケーション」のひとつ。
一緒に話をすることで時間を共有し、それをなおかつ楽しむことができます。

しかし男性にとっては、「メッセージを伝達するための手段」という認識があります。
ですので女性がみんなでワイワイと話し合っているのは、男性には理解できません。



このようなことは今までも何回も聞いたことがありました。

男性は問題提起されたら、解決しようというところに思考がいく。
女性は、気持ちを共有してもらったという実感があるだけでも、だいぶ気持ちが楽になる。

でも、ここからが、さらに今まで知らなかったこと。

また、ちょっと上司と部下の話し合いを想像してみてください。

上司「だいたい君は甘いよ! 仕事というものはだな…」
部下「はぁ…。はぁ…」

このように一般的に、「立場の低い人間が聞き役に回る」という意識があるものです。

(中略)

そのため男性は、「相手の話を黙って聞いている」というのを、無意識にイヤがるものなのですね。
よって特に夫婦などの場合、男性は、「分かったよ!」とか「もう聞いたよ」というように、話なかばにして逃げてしまうわけです。



“「立場の低い人間が聞き役に回る」という意識がある”なんて考えたこともなかったですよ。

私の場合、だんなを頼りにしているから話を聞いてもらいたいと思っているのですよね。
辛いという気持ちを理解してくれなさそうな、そういう人の心のひだに思いを寄せるということさえも、人生の中に存在しないような人には絶対に話したくありません。

でも、確かに、だんなに愚痴っていて、常套句「もういいよ」みたいなことを言われるのは、確かにしばしば。

ですので、そんな男性にうまく話を聞かせたい場合、とにかくある程度のところで、「聞いてくれてありがとうね」と伝えることが大切。
女性にとっては「聞いて当然なのになんでお礼を!」と思っても、男性にとっては聞くこと自体が労働なのです。
「ありがとう」と言いさえすれば、彼も嬉しく感じてくれるはず。



うわぁ。
「ありがとう」と言うの忘れてます。
たぶん今まですべてにおいて忘れてます。
愚痴ってしまう時は、本当に辛かったり腹が立ったりした時、どうしたら良いかその問題の解決方法も分からない時。
その気持ちで心も頭も一杯、「ありがとう」という余裕がありませんでした、、


夕陽

豊富町にて。 '11.1.27
お店を出たら、燃えるような夕焼け空でした。

タグ:心理学 豊富町

I love 自分. 

2009, 01. 30 (Fri) 18:00

昔、とある場面で、私を除いて、会話をしている人すべてが、
「自分が一番好き」
と言ったことがあり、とても驚いたことがあった。

批難という意味での驚きではなく、そういう人がいると思ったことがなかったからでの驚きだった。

「自分のことが好き」 という人はいるだろうとは思ってたけれど、「一番好き」 なんてことは考えたこともなかった。

私は、自分が嫌い。
理由もなく、他にもそう考えている人は多いだろうと思っていた。

私は、自分よりも、自分に関わる他の人のことが好き。
そう思ってた。

でも、だからといって、他人にあるいは好きな人のために、無償の愛を捧げているわけでもなく、奉仕している訳でもない。

自分が嫌い。

一番近くにいて、嫌いな自分のことは、一番目に付いて、一番考えさせられる。

自分のことについて、たくさん考える。

それって、
「自分が嫌い」
じゃなく、
「自分が好き」
ってことなんじゃないだろうかと、最近、思った。

だって、自分のことばかり考えているんだもの。

I love 自分.

どうせなら、もっと楽しく、その素直な意味でいたいと思うのだけれど。


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